11/15

私とセットだった彼がいなくなって、1年が過ぎた。日付が超えてすぐ私とも彼とも仲良しな友達から「涙が止まらない」と連絡がきて、泣きそうになった。眠る前いろんなことを思い出そうとしたけど思い出せなくて、忘れるのが怖いと感じた。彼の歌声を聞いて、彼の名札と第二ボタンを握って眠ったら、手からいなくなっていて飛び起きて泣いてしまった。彼ともう会えないことがどんどん認識できなくなっていく。温かい手を笑顔を声を感じたいと思
う。
「毎年この日は彼の話をしよう」なんて友達が言ったけどそう決めなくてもいつだって彼の話をしてしまうと思う。私だけじゃなくていろんな人が彼をまだ思っていることを感じて安心した。立ち止まっているように感じたけどそんなわけじゃない、だろう。

いつまでたっても彼は私達の大好きな人だ。

10/29

"なんのために大学生になったんだっけ、心理学を勉強するため"という自問自答を何回も繰り返す。大学生になって何度繰り返したかな、自然と目的は薄れていって変わっていっている。友達やサークル、寮、バイト、たくさんの問題が溢れているけど私はこんなことしにきたわけじゃないのにな。バイトと寮は生活のために仕方のないことだと思えるけど、友達とサークルは必要ではない。

「友達は大切にしろ」って言われたけどしてるつもりだったし、できていないということは無理にしなくてもいいと思ったらだめかな。大切に大切にと気を遣うより、深く関わらないようにと気を遣うほうが遥かに楽だ。だって勉強するための大学生活で、この土地なんてあと2年もあればさよならだし。
ひねくれたことを言っているのはわかっているし、もっと素直になれればまた違うのだろうけど、これが私なりの素直で、いい意味でも悪い意味でも私なのだから。

幸せなことがあると嫌なことが際立つ。バイトをたくさんしよう。"無駄にサボらない"という目標もたった1ヶ月で終わってしまった。4ヶ月頑張ればいい話だったのに、たった1ヶ月。勉強するために大学にきた、なんていうのにそんなもんだ。
「寮をでたら益々学校行かなそう」なんて言われたけどそんなに行ってないかな、頑張ってるんだけどな。

生活しているだけで偉い、

10/27

この前久しぶりに怒った。友達と喧嘩をした。ただお互い怒ってるだけって思っていたけどこれが喧嘩っていうやつらしい。喧嘩した記憶は小学生のときぐらいだし怒ったのなんていつだっけとなってしまう。卒論の自分自身に対することで"怒りっぽい"という問に、どちらともいえない、3に○をしていた理由がわかった。

喧嘩した理由なんて周りから見たらめちゃくちゃしょうもないことなのに、周りは早く仲直りしなよ、とすごく心配してくれている。正直すごくめんどくさいし、私が謝らなきゃいけない理由なんてわからなかった。だけどいろんな人の見解を聞いてちゃんと謝ることができました。謝ることって大切だなって21歳を前にして改めて気づけた。こういう対処もあるんだなって、ちゃんと考えられるようになった。

めんどくさい人間関係なんてすぐに捨ててしまえなんて思っていたけど、めんどくさい関係を作らないことも大切だし、めんどくさいことを乗り越えることも大切。

ちゃんと考えられるようになってからのこの喧嘩は、私の考えを伸ばすことに繋がったらしい。謝れたからもう友達との関係がどっちに転んでもまあいいかなと思う、まあそれはまた問題が違うのだけど。

9/29

自分で自分のことをどうしようもないと思い始めるともうその思考から抜け出せなくなる。そして辛くなって息はできないし涙はあふれるし生きたくないとなってきて、次はそれをどうにかなくさなきゃ、落ち着かなきゃと思いどうしようもなくて更に苦しくなる。あれ、ばかなのかな?、と言ったところだがかなりのアホなのだと思う。

他の人に悪いところを指摘されたり、私と人とを比べられるのが苦手なのだけど、私自身はすぐに自分の悪いところに気づくし、人と比べて落ち込む。他人にそうされるのが苦手だからこそ私は勝手にそうなるだろうと悪い方に考えて自分自身で私の苦手なことをしているのかもしれない。


「相手が何かしてくれるのを待っているだけで、でも自分ばかりが何かをしてあげてる気持ちでいて、そんな自分のことを可哀想に思っていて、だから不満が尽きないんだ」
この前別のところで読んだものなのだけど、自分自身に言われている気がしてだめだった。これだなお思った。


こんなふうに気づくのは良いのだけどそれをどうしようもないのがどうしていいかわからないし、どうしようもないと考えていることすらどうしようもないなと感じてしまう。

9/19

眠るまえの煙草を吸いにクーラーの効いた涼しすぎる部屋からベランダに出る。まだ夏が残る生ぬるい湿気のある感じと秋の涼しい風が吹く。

窓を開けた瞬間、すごく誰かの体温が恋しくなった。私が居なくなって誰もいないベットで携帯の充電ランプが光っている。
1人のベッドにいると涙が溢れてきたりする。


最近の私は真面目に生きるなんて言って、男の人に温もりを求めるのをやめた。といってもその前もそんなつもりはなかったし、そこまで応えてもらったこともないのだけど。
少し前までの私は生きたくないと思っていたはずなのに、生きよう、生きなきゃ、生きたい、真面目に生きる、なんてどんどん変化していく。たまに戻ったりもするけど、死にたい生きたくないと思うのは瞬間的なものになった。


過去なんて、未来を見よう、そんなふうに言う人もいる。無理に未来を描こうとしたりもする。だけど小さい時を除けば私が未来を見られるようになったのなんて、ここ最近の話でそんなにうまく思い描けるはずもないことに今更気づいた。それに私にとって過去は今の私を築いたすごく大切なものだ。Twitterやブログに残すことも好きだしね。


大切な人がいることのありがたさを感じられるようになって、家族の暖かさを感じられるようになって、大学に来てその家族の元を離れた。他人が集まっているはずなのにいつだって暖かく迎え入れてくれる寮でたくさんのいいことがある。大学での友達もできた。
環境は私をどんどん変えていく。変わることはやっぱり少し怖い。私とは違う人に合わせるのは疲れるけれど好かれたいと思うし、普通なんてわからないけれど普通に生きたいし暖かさを感じさせられるような人になりたいと思う。


なんてまとまりのない文章なんだろうな、
明日は昨日来た留学生にまだ1年半しか過ごしていない鹿児島を案内して、いつもどおりバイトに行く。かわいい留学生と仲良くなるが楽しみだし、お弁当を作ってきてくれたバイト先の人にも会える。


ベッドに入って眠ろうとすれば少しの時間で眠れるようになったことが幸せ。
眠るためにラベンダーの香りにしたお部屋で今日もすっ…と眠るよ。 

9/17

メンタルのゆらゆらが嘘みたいになくなって、気持ちのいい朝をすごしている。

昨日か一昨日かに、自分の中での大きな過去の出来事みたいなやつを話してみたら、過去は過去じゃん未来でしょ(たぶん私の捉え方が極端すぎた)みたいな相手の考えを述べられた。そのときはそういう考え方もあるよね、でも私はこうだよってすごくいい感じに整理できていたように思えていたけど、次の日を迎えたらすごくもやもやしてどうしたらいいかわからなくてなんともいえないゆらゆら感があった。
でも結局そのゆらゆらは友達に受け入れてもらうことでどうにかなった。そんなものか私はとは思ったけれど。「結局自分が求めてた答えがその人から出て来なかったのが嫌だったんでしょう?」そう言われて反論はしたけどそうでしかなかったのかもしれないと思ったし、きっと言ったとおりだった。

結局私は私を自分で認めるふりをして、私らしさなんて言葉をつかってみるけど、誰かに認められたくて、理解してほしいんだ、と改めて感じた。いままでもずっと感じて理解していたはずなのに、認めるふりをしているとだんだん自分を肯定できてるように感じてしまうらしい。私らしさなんてものはすごく面倒くさいのかもしれない。

8/31

流れる秋の雲とまだ少し強い日差しの下で、先週行った沖永良部島で日焼けした腕がまた焼けてしまうななんて考える。季節はどんどん秋へと変化していく。数年前まで嫌いだったはずの夏を今年は嫌いだと思わなかった。 
少しずつ変化する季節の5分の1ぐらいの速さで私も変化しているのだと思う。

平成最後のこの夏に私はたくさんの忘れ物をしてきたように感じる。
まだ夏になり始めたばかりの頃の東京や、自己探求イベントで感じたことはもうほとんど私の中に残っていないし、残っていたはずのものは私らしさみたいなものに影響されて変わってしまった。
お盆の帰省も沖永良部での思い出もついこの前のはずなのにすっかり色褪せて感じる。

感じたことを数週間後はもちろん、その日のうちでもそのまま思い出すことはできないらしい。すごくいいものを感じられたはずなのにあの時あの時間にほとんどを置いてきてしまった。

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